【芸能】歌舞伎俳優・市川海老蔵、女性関係めぐり後援者らに告白?「付き合っている人がいます」

2017年10月31日 09:47

「梨園は『このまま独り身で大丈夫か』と心配しています。実は数名の女性が“後妻候補”に名乗りを上げているほど、周囲から嫁取りを望む声が高まっています」(梨園関係者)

10月27日、歌舞伎座で行われた『河東節開曲三百年記念演奏会』。市川海老蔵(39)が午前11時すぎに姿を見せると、かたわらには長女・麗禾ちゃん(6)と長男・勸玄くん(4)の姿が。子どもたちと手をつなぎ、慌ただしく会場内へと入っていく。親子3人での出演を前に、パパとして子どもたちの引率係をつとめていた――。

今年6月22日に妻・小林麻央さん(享年34)がこの世を去ってから4カ月、海老蔵は今も喪に服している。だが、このまま悲しみに浸ってばかりはいられない。2020年に團十郎襲名披露興行を行うという“市川宗家としての責務”が、すぐそこまで迫っているのだ。

「市川家の葬儀は神道式で、8月11日が五十日祭という“忌明け”。しかし海老蔵さんは、来年6月22日の1年祭まで喪に服すつもりだといいます。ただ、彼が市川團十郎を襲名することは既定路線。襲名披露興行を20年に行うのであれば、発表は1年前の19年に行われます。さらに発表の半年から1年ほど前には松竹役員や歌舞伎俳優の重鎮を集め、襲名の是非を話し合わなければなりません」(前出・梨園関係者)

麻央さんが生きていればともに支えてくれたことだろうが、それはもうかなわない……。そんななかで浮上してきたのが、新たな“嫁取り計画”だ。

「過去には妻不在で襲名したケースも一応あります。坂東三津五郎さん(享年59)は00年6月に近藤サトさん(49)と離婚。その4カ月後に襲名披露興行が発表されています。しかし、やはり当時も大きな混乱が生じました。ましてや海老蔵さんの團十郎襲名は、そのとき以上に大きな興行。乗り切るためには、想像を絶する苦労が予想されます。そのため周囲が緊急で“嫁取り計画”を進めようとしているのです」(前出・梨園関係者)

その“筆頭候補”といえば、麻央さんの実姉・小林麻耶(38)だろう。実際、これまで何度も“再婚説”が浮上してきていた。亡き妻の姉妹と再婚する例は過去にもある。

「“順縁婚”と呼ばれ、古くは家督や家系を重んじる武家社会で行われました。近年でも、うつみ宮土理さん(75)の父親が“順縁婚”をしています。麻耶さんも子どもたちから好かれていますし、市川家のことをよくわかっています。麻央さんの姉という点以外は、後妻に適任なのです」(歌舞伎関係者)

團十郎襲名に伴い、次々と浮上する再婚計画。しかし周囲が心配するなか、当の海老蔵はこんな“驚きの発言”をしていたという。

「8月中旬の夜10時ごろだったでしょうか。大阪市内の高級ラウンジで海老蔵さんたちをお見かけしました。『座頭市』公演で訪れたそうで役所の偉い方や後援者の方と来店。当初は女性が席についてみんなで談笑していましたが、後援者としては気になっていたのでしょう。次第に再婚話へとシフトしていきました。後援者たちは『團十郎襲名するなら奥さんがいたほうがいい』と切り出し、『麻央さんのお姉さんはどうか。子どもたちとも仲がいいみたいだし、問題ないだろう』と猛プッシュ。すると海老蔵さんは言うべきか困ったような表情をした後、『実は付き合っている人がいます』と話したんです」(目撃者)

突然の告白にみな仰天して、それ以上何も言えなくなってしまったという。

「東京五輪開会式の目玉は、十三代目團十郎を襲名した海老蔵さんになるでしょう。出演は決定事項。松竹には五輪準備室も開設されているそうです。ただそれだけに、襲名披露興行の失敗は許されない。海老蔵さんの“嫁取り”はもはや国家的プロジェクトといっても過言ではないのです」(別の梨園関係者)

http://news.livedoor.com/article/detail/13823343/

【芸能】永遠の愛誓った市川海老蔵を悩ます「團十郎襲名」と梨園の掟!

2017年07月03日 10:24

 妻・小林麻央(享年34)の死後、長男・勸玄くん(4)の7月の歌舞伎座出演のための稽古をつけたり、子供たちのお弁当を作ったりと、シングルファーザーとして忙しい日々を送る市川海老蔵(39)。だが、父親業だけに専念しているわけにもいかないようだ。成田屋の関係者が語る。

「海老蔵さんは2020年の東京五輪に合わせて十三代目・市川團十郎を襲名することが既定路線となっている。歌舞伎界として、世界中が注目するオリンピックの場で新・團十郎をお披露目したいという目算です」

「市川團十郎」は歌舞伎の創成期以来350年にわたり、市川宗家に受け継がれる大名跡だ。「尾上菊五郎」、「松本幸四郎」など梨園に名跡は多々あるが、團十郎の名は別格とされる。『悲劇の名門 團十郎十二代』の著者・中川右介氏が解説する。

「江戸の歌舞伎は初代團十郎が作りあげたもの。名跡の世襲を始めたのも初代。明治以降も江戸歌舞伎は、團十郎を主役とすることを前提として栄えていった。現在約30の家がある歌舞伎界で“宗家”と名乗るのは成田屋だけ。家の格は揺るぎないナンバーワンです」

 そこで切り離せないのが“梨園の妻”の存在だという。梨園では「舞台の中は役者の仕事。外は妻の仕事」との言葉があるように、芝居以外は雑事に至るまで妻が取り仕切るのが一般的だ。襲名ともなれば、贔屓筋への挨拶まわりの順番決めから、引き出物の手配まで、すべては妻の仕事となる。

「亡くなった坂東三津五郎さんが『八十助』から『三津五郎』を襲名したときは元妻・近藤サトさんと離婚したばかりで『妻がいないのに襲名できるのか』と批判を浴びた。それが團十郎ともなれば、襲名という大一番に妻がいないといろいろな不都合が予想される。それが“梨園の掟”というものです。遠くない将来、“後添え問題”が話し合われることになるかもしれない」(前出・成田屋関係者)

 6月23日の会見で海老蔵は「これからも(麻央から)教わり続けるのは愛なんだと思う」と“永遠の愛”を誓った。

「梨園の掟」と「永遠の愛」の狭間で傷心の海老蔵の悩みは尽きないのか。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170702-00000016-pseven-ent

【芸能】歌舞伎俳優・市川海老蔵、14時30分から会見「ご報告がございます」、ブログに「人生で一番泣いた日」

2017年06月23日 10:36

 歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が23日14時30分から記者会見を行うことになった。松竹がファクスで報道各社に発表した。

 ファクスには会見の日時と「市川海老蔵よりご報告がございます」とだけ記してあり、会見の内容には触れていない。

 海老蔵はこの日7時23分に自身のブログを更新。「人生で一番泣いた日です」とつづり、身辺に重大な出来事が発生したことをうかがわせた。

 さらに海老蔵は「マスコミの方々もお察しください。改めてご報告させていただきますので、近隣の方々のご迷惑になるのでひとまずおかえりくださいませ、宜しくお願い致します」と報道陣に呼びかけた。また、8時53分には「なるべくいつも通りに過ごします」とつづった。

 この日は早朝6時ごろからブログを更新。1回目は「今日も新しい朝が訪れました」とし「疲労はかなり出てきてますが、兎にも角にも全てを乗り越えて日々に感謝しながら過ごしたいとおもいます」とコメント。約20分後に「台本とにらめっこ 眠ってる脳に刺激を 1つでも覚える努力」と伝え、7時前には「あさひ」とのタイトルで太陽の写真などをアップ。「朝のお茶は身体にしみます」と記した。

 前日22日には、乳がんで闘病中の妻でフリーアナウンサーの小林麻央(34)との在宅医療の日々を「戦い」とし、「もう何年たったのか、日々の戦い、病とは恐ろしいものです。その事を毎日感じながら、乗り越え、すごし、耐え、希望を持つ事。よくなってほしい、、ただそれだけ」と切実な思いを吐露。「わたしはわたしとしておこたらずより厳しく、より深く己に喝を私が役者として良くなる事を誰よりもまおがよろこぶから、私はやる」と決意表明。「まおのこと祈ってくださるコメント本当にありがたいです」とつづった。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170623-00000087-spnannex-ent

【芸能】歌舞伎俳優・市川海老蔵の娘・麗禾ちゃんとお目見え!母、麻央そっくりの愛らしさ!

2017年02月04日 09:46

 歌舞伎俳優・市川海老蔵(39)と長女・麗禾ちゃん(5)、長男・勸玄君(3)が3日、千葉県の成田山新勝寺で行われた節分会で豆まきに参加した。昨年の同所での節分会には海老蔵と勸玄君が2人で参加しており、麗禾ちゃんは今回が初参加。一般ファンへの本格的な“お披露目”となり、愛らしい姿に注目が集まった。

 麗禾ちゃんは3歳だった2013年3月、熊本での舞台で初お目見え。翌14年1月に放送された密着ドキュメント番組「市川海老蔵に、ござりまする。」(日本テレビ系)でテレビ初登場した。海老蔵のブログでは現在も顔を見えないように加工されているが、今年1月10日放送の密着ドキュメント番組「市川海老蔵に、ござりまする。」(日本テレビ系)で“顔出し”出演し、注目を集めたばかり。

 麗禾ちゃんは長いまつ毛、クリっとした瞳が母・小林麻央そっくり。この日はピンク色の着物に黄緑の帯、頭にはピンクのリボン型の髪留め姿で登場。豆まきを待ちきれない様子で体を小刻みに動かし、ウズウズ。海老蔵はそっと肩に手を置いたり、ほおをなでたり、優しいパパの表情で見守った。

 豆まきが始まると、麗禾ちゃんははじける笑みを見せ、勸玄君とともに元気いっぱい。豆を投げ終えると、海老蔵が麗禾ちゃん、勸玄君を両脇で抱え、その海老蔵の手を麗禾ちゃんが右手でぎゅっと握る姿も愛らしかった。

 麻央は今年1月10日のブログで、「麗禾は、現在バレエがお気に入りのようですが、着物や色々な所作の真似事も好きなので、日本舞踊も紅梅先生やぼたんさんに習って欲しいな、と母親としては思っています」と伝えていた。3日の豆まき後に更新したブログでは、海老蔵、麗禾ちゃん、勸玄君の豆まき写真を画像加工なしで公開。「感謝いっぱいです」と母としての思いをつづっている。

 なおこの日海老蔵ファミリーが登場した午前11時半からの豆まきは4万人の人出だった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170203-00000082-dal-ent

【芸能】麻央と離れない!歌舞伎俳優・市川海老蔵が下した“遠方巡業辞退の極秘決断”

2017年01月19日 09:59

「役者・市川海老蔵をパートナーとして支えられるチャンスを神様くださいって、いつも思うんです」

1月9日放送の「市川海老蔵に、ござりまする。」(日本テレビ系)で、涙ながらにそう語った小林麻央(34)。この番組は、歌舞伎役者・市川海老蔵(39)に密着するドキュメンタリー番組の第4弾。今作ではがん闘病以来はじめて麻央がテレビに出演したこともあり、平均視聴率は17.1%という異例の高視聴率を記録した。

番組で麻央は「主人と結婚したからこそ今、私は生きていられるって思います。そうじゃなかったら、もう心が死んじゃっていたかもしれない。だから、すごく感謝してます」と告白。また海老蔵も「早かったら3、4、5月で、多分、ダメだった。今年の夏は絶対無理だと思った。いま10月でしょ、もうすでにこの時点で、すごいことが起こってる」と語っていた。そんな夫婦愛ドキュメンタリーの裏側を、本誌は目撃していた。

昨年10月下旬、長男・勸玄くん(3)の手を引いて近くの公園へとむかった海老蔵。傍らには、テレビカメラを持った撮影スタッフたちの姿があった。途中、海老蔵の実家で飼っている愛犬と遭遇すると勸玄くんは大はしゃぎ。近所のお母さんたちがスマホで親子ショットを撮影し始めたが、海老蔵はまんざらでもなさそうに照れ笑いを浮かべていた。

この日は1カ月間の地方公演『古典への誘い』を終え、11月3日から博多座公演が始まるまでの休日だった。家族との束の間のひとときを楽しんだ海老蔵はひとしきり公園で遊ぶと、麻央や長女・麗禾ちゃん(5)の待つ自宅へ戻っていった。

「海老蔵さんは博多座で1カ月間の公演を終えると、今度は年末まで京都で1カ月の公演。地方での仕事が続き、麻央さんと離れ離れの生活が続いていました。ようやく12月25日に千秋楽を迎えた海老蔵さんは急いで東京へ。ブログに《運命の大きさと言うものを感じたひと月でした》《やはり麗禾にもカンカンにもまおにも私が必要》と綴るほど、再会を待ち遠しく感じていたのです」(前出・テレビ局関係者)

妻のそばにいてあげたいのに、できなかった――。そんな苦悩を抱えてきた海老蔵は、テレビでは放送されなかった“ある決断”をしていたという。

「実は海老蔵さん、今年は東京とその近郊以外で仕事をしないと決めたそうです。いつ何があっても戻れるようにするためで、『この1年間は地方での仕事を入れないでくれ!』と“大号令”をかけているのです。歌舞伎の公演は通常、数年先までスケジュールが組まれているもの。それをすべてひっくり返すなんて、相当なことです。松竹としても冷や汗ものでしょうが、事情が事情だけに従うことにしたそうです」(歌舞伎関係者)

また麻央シフトを実現させるため、海老蔵は“もう1つの決断”も下していたという。

「今年の7月にニューヨークのリンカーンセンターフェスティバルで歌舞伎公演を行う予定だったのですが、それも取りやめることに決めたのです。この公演は、周りの歌舞伎関係者がありとあらゆる人脈を使ってようやく実現の運びとなったもの。海老蔵さんもそれを知っているので、中止は苦渋の決断だったはずです。しかし逆を言えば、そこまでしてでも麻央さんといっしょにいたいのでしょう」(前出・歌舞伎関係者)

奇跡が起きることを信じ、麻央と海老蔵はこれからも二人三脚でがんと闘っていく――。

http://news.livedoor.com/article/detail/12560233/

【芸能】歌舞伎俳優・市川海老蔵、麻央は「夏は絶対無理だと思った」TVで告白、奇跡伝える!

2017年01月10日 09:19

 歌舞伎俳優・市川海老蔵(39)が9日、日本テレビ系で放送された特番「市川海老蔵に、ござりまする。」(午後10・00~)に出演。「今だから言える」と切り出し、妻でフリーアナウンサーの小林麻央(34)が昨夏までもたない、と思っていたことが昨年10月時点のインタビューで明かされた。

 海老蔵は昨年6月の会見で「深刻」と発表した麻央の病状について、昨年10月のインタビュー時点で「絶対に治らないレベルの病気だったんです。本当に。言っちゃえば。本当に。まさか手術ができると思わなかった」と告白。「早かったら3、4、5月で、多分、ダメだった。今年の夏は絶対無理だと思った。今、10月でしょ、もうすでにこの時点ですごいことが起こってる」と“奇跡”が起こっていることを真剣な表情で伝えた。

 麻央のがんは昨年6月9日、一部スポーツ新聞が報道。海老蔵は同日、都内で緊急会見を開いた。

 麻央は昨年9月下旬、根治手術ではなく、QOL(生活の質)向上のための手術を受け、左胸のがんを摘出した。同10月3日のブログでは、医師に「私は奇跡を起こしたいんです」と伝えたことを明かした上で、ステージ4だって治したいです」と強い気持ちをつづっている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170109-00000112-dal-ent

【芸能】歌舞伎俳優・市川海老蔵、運動会の取材自粛呼び掛け「マスコミ様…」

2016年10月10日 09:13

歌舞伎俳優・市川海老蔵が9日、近日中に行われる子供たちの運動会の取材を自粛してもらえるよう、自身のブログを通してマスコミに「お願い」した。

 海老蔵は9日夜、「マスコミ様へくれぐれも よろしくお願いします。」と題し、ブログを更新。「麻央にとって大切な時なので」と切り出し、今月4日に乳がん闘病中の妻・小林麻央が「しおり」のタイトルで投稿したブログをリブログした。このブログで麻央は長女・麗禾ちゃん(5)から運動会のしおりをもらい、プログラムを見ただけで泣いてしまったことなどを明かし、「『スキップ寝』したいくらい待ち遠しいです!」と募る気持ちを伝えていた。

 海老蔵は、「もうご存知の方もいるそうですが、子供達の運動会 近々です」とあえて運動会が近いことを公表し、「マスコミ様。静かに見守ってくださいますよう、くれぐれもよろしくお願い申し上げます。」と穏やかな言葉で、夫として、父として切実に願う気持ちを伝えた。

 海老蔵は今年6月、麻央の乳がんがマスコミに報じられたのを受け、緊急会見。会見を知らせるFAXでも、その後のブログでも何度も、報道自粛を訴えている。

http://news.livedoor.com/article/detail/12125694/

【芸能】ガンで闘病中の小林麻央「子供の運動会に行くのが目標」…闘病女性の夫からの投稿に返信

2016年09月23日 09:28

 歌舞伎俳優・市川海老蔵の妻で、闘病中の小林麻央が22日夜にブログを更新。同じ進行がんと闘っている30代女性の夫から届いたメッセージに対し「書かずにはいられなくて、書きました」と返信を綴った。

 その夫は、妻の病状は世間には伏せており、妻は週末の子供の運動会を見たいが、周囲に現状を知られるのを怖がっていることを麻央のブログにコメント投稿した。

 これに麻央は「私には目標があり、それは、幼稚園の運動会に行くことです」と返信。この日、見舞いに来た姉の小林麻耶に「もし運動会にヨチヨチ歩いていったら、れいかとかんげん、かっこ悪いママで恥ずかしいかな?」と問うと、麻耶から「そんなことないよ!どんなママでも、ママが一番だよ」と言ったことを紹介した。

 そのうえで麻央は6月に自身の病状が公となったことを挙げ「私も、あの日、強制的に新聞やテレビで公になってしまわなかったら、運動会を目標にしようという気持ちにもまだならなかったかもしれません」と記した。

 それだけにメッセージ主に向け「奥様の怖い気持ち、分かる気がします。家族のために悩んで、考えて、心を痛めて、旦那様の優しい深い愛ですね。。。」と綴った。

 「子供達は、運動会に来てくれても、来てくれなくてもママが大好きです。でも、奥様が、人目が気になり、見たい子供達の姿が見られないのなら、100パーセントご自身のために…と勇気を送りたいです」と綴る一方で「でも、気力も体力もその日の状態があるし、色んな複雑な気持ちが湧き出てくるのも想像できるので、正直、言えません」とも。

 ただ「でも、書かずにはいられなくて、書きました。」と、返信した心境を明かした。

http://news.livedoor.com/article/detail/12052612/

【芸能】フリーアナ・小林麻央、現在の転移を明かす!告知日は脇のリンパ節のみも、現在肺や骨などに転移あり

2016年09月20日 10:30

 乳がん闘病中のフリーアナウンサー小林麻央が20日、ブログを更新し、乳がんを告知された日の様子を告白。医師の表情で「陽性だったんだな、癌なんだな」と分かったと、当時の様子をつづった。また、現在は肺や骨などにも転移があることも明かした。

 麻央は、前回のブログで生検を受けた直後、医師から95%がんであると言われたものの「結果を見たら残り5%だったということもあるはず」と希望を持ち続けていた心境をつづっていた。だが、やはり待っている時間は辛かったようで「生検の検査を聞くまでの10日間は、ひとりだけ違う時間軸に生きて、ゆっくりゆっくり皆とは違う 暗闇に置いていかれるような感覚だった」とした。

 告知日は、診察室に入った医師の表情で「陽性だったんだな、癌なんだ」と察知したといい、「心の準備は意外とできており、冷静に先生のお話を伺った」と振り返った。麻央の実母も乳がんを患っていたことも告白した上で「治療に関する知識はある程度あった」と、ある程度冷静に“告知”を受け止めたようだ。

 更にブログでは「この時点では 脇のリンパ節のみだった(その後、現在肺は骨などに転移あり)」とつづられ、現在は肺、骨に転移があることも触れている。

http://www.daily.co.jp/gossip/2016/09/20/0009506566.shtml

【芸能】フリーアナ・小林麻央、“後悔していること”の核心か?再検査で「癌を疑うようなものではない」と診断されていた

2016年09月12日 09:34

乳がんで闘病中のフリーアナウンサー・小林麻央(34)が9月4日のブログに綴った“後悔していること”にある、「あのとき、もうひとつ病院に行けばよかった」、「あのとき、信じなければよかった」の詳細を明かし始めている。夫である市川海老蔵と一緒に受けた人間ドックで、「左乳房に腫瘤があります」と指摘されたのが31歳の時。早期の検査を強く勧められた彼女は、すぐに大きな病院へ予約を入れ再検査を受ける。小林の後悔に該当する部分の始まりなのだろうか。

人間ドックで見つかった腫瘍が、癌である確率が「五分五分」だと診断されたことを知人である乳腺専門の先生2人に話したところ、「授乳中のしこりで、その先生はオーバーだね」との意見が返ってきたという。長女も母乳で育てた小林麻央はその頃から乳腺のケアを心がけ、長男を出産してからも母乳マッサージへ定期的に通っていたが、特に問題は無かった。

11日の『オフィシャルブログ「KOKORO」』によると再検査に訪れた病院では、触診と再度の超音波検査、そして人間ドックで受けなかったマンモグラフィー検査が実施された。その結果は「(腫瘍は)癌を疑うようなものではない」とのことだったという。「生検をしなくても大丈夫でしょうか?」と訊ねたが、「必要ないでしょう、授乳中のしこりですし、心配いらないですよ」と言われ、彼女はホッとしたと記している。念のため半年後にまた診てみましょう-と担当医から言われたところで、この日のブログは終わっている。

ブログのコメント欄には、小林と同じ経験をしている乳がん患者からの声が多数寄せられている。最初の医者の診断を信じ半年~1年後に受けた検査で癌が見つかった方たちの、「セカンド・オピニオンを受けるべきだった」との悲痛な声が胸が締め付けられる。また専門医が診ても乳がんが見逃されるケースがあることを知り、驚いている方も少なくない。小林麻央のブログの一言一言に学ぶべきところが多く、若い女性や子育て中のママにもせひ読んで欲しいものだ。

http://news.livedoor.com/article/detail/12005630/